徒然なるままに、ひぐらしPCに向かいて

本を愛する作家志望が様々な事を思いのまま、気ままに綴るブログ。

あの日から半年。

 

 

 

熊本地震の本震から今日で半年。私が以前、別の所で書いていたブログの記事から、地震からまだ1ヶ月が経たない頃のブログが見つかりました。多少修正は加えましたがほぼそのままです。この地震の記録に、残しておきたいと思います。

 

 

 

こんにちは。湊川です。

 

 

 

こちらに来ないうちに色々ありまして、なかなか書くこともままならない状況でした。

 

4月14日、熊本に震度7の大地震が襲い、続く15日深夜に震度6弱、そして16日、14日のが本震と言われていた熊本に震度7地震が襲いかかりました。(私の住んでる地域は実際、14日、16日共に震度6強だったそうです。しかし、マンションの高層階故、揺れはかなり大きく感じました。)

 

東京に友達と旅行に行き、14日の20時30分に自宅に帰宅し約1時間後の9時26分、緊急地震速報が大きく鳴り始め、大きく突き上げる揺れのあとの激しい縦揺れ。私の部屋の本棚は倒れ無惨な状態に。家の中も、市内中心部の街並みも、帰宅する前、帰宅した直後の姿から何もかもがらりと変わってしまいました。咄嗟の状況ではテレビを付けて状況確認、そんな悠長なことも出来ずにただ呆然とするのみ。スマホで近辺の情報収集をするとその内容に自分の身の回りで起こっていることなのかと手が震えました。当然、地震でエレベーターが止まったのでマンションの上の階から階段で何とか地上に逃げた時に見たのが、不安そうに家族で寄り添う住人、空を見上げる人。私がふとその視線を追って空を見上げると、空には夜中とは思えない少しだけ赤焼けた空。その空にはカラスの大群。それだけで明らかに異状事態だと分かりました。あの時の外に響く緊急地震速報の音は、今でも耳にこびりついています。そして、本震だと述べた気象庁の言葉にこれからは余震だと少し安堵したその直後の、4月15日00時03分、震度6弱地震、また鳴り響く緊急地震速報、みんなの悲鳴が響くリビング。訳がわからずパニック状態。そして4月16日の01時25分の震度6強の激しい横揺れで目覚め、長い間続く揺れに毛布を被って耐え、揺れで天井にぶつかって割れた電球のかさが自分の枕元すぐ横に落下。何回目か分からないお皿が割れる音、物が倒れ、床に散乱していく音やらマンションが軋む音を聞きながら揺れが収まるのをひたすら待つ数分。もうこの時はさすがに、私は死んでしまうのかと覚悟したのを思い出しました。熊本では揺れは今でも続いています。

 

何がなんだか分からない時、街の現状を把握する為に会社帰りに遠回りして歩いた時にふと目の前に見えた熊本城が見るも無惨な姿へと変わっていて、何も言葉が出ず、今後に不安を抱いたのは地震から5日目の夕方でした。

 

日々何度も何度も来る大きな余震、絶えず鳴り響く緊急地震速報に疲れ、眠れず、出勤した会社で睡魔が襲う状態。水が出ないので会社が終わってから無料、有料問わず並んだお風呂は帰った頃にはクタクタでした。

 

市内中心部で避難所もどこもいっぱいで入れず自分達で食料を何とか確保し、近くの避難所指定されていない高校が寝る場所だけでもと新しい体育館の方を開放してくださったのでそちらをお借りしたり、マンションの駐車場で車中泊して夜を過ごしたり、昼間や夕方はいまだ危険度判定の終わってないマンションの中で過ごしていました。そして、ようやく水が出た頃、日々の地震のニュースに疲れ、夕食時に見るバラエティやらドラマに心癒されて。Twitterのフォロワーさん達との会話も心救われました。しかし、作家志望の自分にとって痛かったのは、すぐ逃げられる様にとある程度の時間で寝るので遅くまで執筆活動も出来なかった事でした。書ける時間があったとしてもこの揺れの中では困難な事でした。

 

そんな状態が続いた先日、私は時間を見つけて久しぶりに少しずつですが書き始めました。

 

家の片付けをしながらボランティアを間にする中で私にできることは何か。そう自分に問いかけたとき、自分が作家志望であることを改めて自覚させられました。

 

私に出来ることは書くことなのだ、書くことで熊本に貢献することなのだと、作家志望という立場を改めて自覚させられました。辛い記憶も過去も文字にして、人々の想いを昇華させる、それが出来るのは文章を書く側の人間なのだと。

 

作家志望であると同時に、私が出来ることは書いて熊本に貢献すること。それこそが私が生きる理由なのではと思った出来事でした。

 

 

大好きな熊本のために、私は書くことで貢献したい。書くことで復興の手助けをしたい。一日も早い復興を祈って。

 

 

 

2016.05.05 湊川

 

 

この時、まだ揺れの中でこれを書いていた私。発生から1ヶ月経っていない5月頭の状況を思い出しても多分まだ正常な精神ではなかったと思います。それでも、自分の住んでいる所より被害が大きいところがあるのだからと、変わってしまった街の現状を見ながらも歯を食いしばっていた様に思います。まだこれは地震発生当初から1週間以内の事をざっと書き上げただけのものです。(書いてある通り、5月頭のこの頃でも揺れの回数は尋常じゃなく、パソコンに触る時間もほぼなかった為です。執筆自体も、揺れを気にして書いていたので1回に15分程度でした。)なので、今後機会があったらあの時のことについてまたじっくりと触れたいと思います。今回何で地震について触れたのか。今、マスコミでは取り上げられなくなった熊本地震のことを風化させたくない、その想いから直後のこの記録をここに残しておこうと思いました。